ショートステイを利用することになったTさん(70代女性)は、初対面の私の顔を見て 「トシンちゃん」とそう呼びました。初めは、誰かと勘違いされているのだろう位にしか考えておらず、 自己紹介を簡単に済ませその場を去りました。
その後からです
Tさんは私を追いかけ始め、行く先々へ付いて歩きました。 私が業務に就いていることを説明しても認知症状のためか理解頂けないご様子でした。
また、「トシンちゃん」と呼ぶことについても聞き出す事ができず、 ただただTさんを他の職員と交代で付き添うことしかできませんでした。 その日から退勤時にはTさんから逃げるようにして帰り、 また夜勤帯も就寝を促すため視界に入らないようにしたりと、身を潜める日が続きました。
これまでの様子をTさんの定期受診に付き添われた娘さんにお伝えしました。 すると、娘さんは「トシンちゃん」について笑いながら教えて下さりました。
遠方にお住まいのTさんの息子さんのことであり、とても溺愛されていたそうで、 その息子さんと私の背格好が似ているため、勘違いをされ追っていくのではないかと話されました。 また、息子さんはTさんを「かあちゃん」と呼んでいたことも分かりました。
その次の日から私はTさんへの声掛けやケアを変えることにしました。 出勤時は「かあちゃんただいま」 退勤時は「仕事に行ってくるから」 他の方のケアをする時は「部屋を掃除してくるから」と声掛けを変えました。 また夜間はTさんが寝入るまでベッド脇のマットレスに横になったりと私が息子さんを演じることで、 また他の職員の声掛けも「息子さんが帰ってくるまで一緒に待ちましょう」と変えることで 以前よりもTさんが私を追いかけることが少なくなっていきました。
Tさんの見ている世界を否定せずに息子さんを演じ、「トシンちゃん」と呼ばれたら返事をする。 そんなTさんの世界の中へ入り込むことも気持ちや想いに寄り添う大切なケアであることを Tさんを通じて学ばせて頂いた出来事でした。